高校の運動会が毎年午後から中止になっていたけどその理由はね!

あなたは、運動会にどんな思い出がありますか?
勝って嬉しかったこと、負けて悔しかったこと。
さまざまな思い出があるに違いありません。

小学生のころは、徒競走に勝つと、小さなリボンがもらえました。
1位は赤、2位は水色、3位は黄色。
その小さなリボンがほしくて頑張ったものです。

両親は毎年運動会を見に来てくれました。
お昼休憩で家族と一緒に食べるお弁当も楽しみのひとつでしたね。

私は、運動会と聞くと、特に高校の運動会を思い出します。
もしかしたら正式名称は「体育祭」だったかもしれません。
しかし当時、私は運動会と呼んでいました。
そのくらいの競技しかなかったうえに「ある事情」があったからです。

インパクトが強すぎて、今でも忘れることができません。
私の高校時代の、ちょっと変わった「運動会」についてお話します。

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運動会が毎年昼から中止になっていたけどその理由は?ちょっと変わった高校の運動会!

私が通っていた高校は、まだ創立して日が浅い高校でした。
そのため伝統的な行事もありません。
時期になると、・球技大会・運動会・文化祭が連続で行われていたように記憶しています。

いうまでもなく、球技大会や運動会は、特に準備もありません。
そのため、私たちは文化祭の準備ばかりしていました。

しかし文化祭も、他の学校に比べると、こじんまりしたものでした。
なぜなら、その高校では、運動会も文化祭も、非公開。
よその学校のように、・近所の人・他校生・親などが来るということがなかったのです。

ただただ「非日常」を楽しむだけの期間でした。
あまりにも行事ごとに「熱がない」高校でした。
一連の行事は、夏休みの直前だったはずです。

そのため生徒たちも気合が入らなかったのかもしれません。
漫画などで読むような、「体育祭や運動会で、みんなで一致団結」というような出来事とは無縁の高校でした。

さて、そんな高校の運動会といって思い出すのは、「必ず午後は中止になる」ということです。実際、私が在学していた3年間、全て午後は中止でした。
もちろん、競技のプログラムはありました。

しかし午後の競技は一度も経験していません。
必ず中止になる運動会!それには理由がありました。

思い出のインパクトが強いと当時が懐かしくなりますよね。
旅行の思い出なんか、最高に素敵です。
数少ない海外旅行ですが、かけがえのない大切な思い出になっています。

高校の運動会が午後から必ず中止になった理由とは!

私が通っていた高校は、海の近くにありました。
高校から海までは、徒歩で約10分。
補習を抜け出して海で遊んでいたこともあります。

もちろん、そんなことが見つかったら怒られていたことでしょう。
しかし見つかることもなく、のどかに遊んでいたものでした。
その高校は、少し高台になった場所に建てられていました。
周囲には、ぽつぽつと民家があるだけです。

窓の向こうには森。もちろん、コンビニエンスストアやスーパーなどもありません。
バスは1時間に1本程度しかなくて、いつもぎゅうぎゅうでした。
高校の前には道路がありましたが、日中は歩く人もいません。

その土地は、夏の午後になると、深い霧が出る場所でした。
霧が出ると、前は何も見えません。
もともと私が住んでいる地域は、霧の多い場所です。

そのため慣れてはいましたが、高校の地域は特に霧が深かったのです。
高校でしたので、制服には「夏服」「冬服」がありました。
しかし、霧が出ると、夏服では寒いほど。半袖を着ていると鳥肌が立ったものです。

さて、運動会が行われるのも、夏場です。
前述のように、夏の午後といえば、霧。
誰もがそう思っていましたし、実際ほぼ毎日、霧が出ていたのです。

そのため、運動会は、「午後は当然中止になる、開催されるわけがない」と思っていたのです。時期が近くなると、「運動会の日は、午後、何をする?」という話題が出たものです。

お弁当を持ってくるような人もいません。
私の場合は、毎年、お昼ご飯を食べてから、カラオケに行っていました。
当時、ちょうど、カラオケがとても流行っていたのです。

当時のカラオケは、今のように「1人ずつ」の金額ではありません。
部屋ごとに「1時間1000円」というような料金システムです。

そして、カラオケボックスが、あちこちに乱立しはじめていた時期です。
「ドリンクを頼めば、1部屋1時間100円!」というような価格設定の店さえありました。

大人数で行くと割安だったため、よく大勢でカラオケに行ったものです。
おそらく、私が卒業したあとも、運動会は午前で中止になっていたことでしょう。
みんな午後は、私たちのように、好きなことをして楽しんだはずです。

さいごに

母校は家から遠いため、今では、めったに行くことがありません。
まだ新しくて、廊下が広くて、とても綺麗な校舎でした。

しかし少子化の影響もあってか、卒業してしばらくしたあと、廃校となりました。
現在は別の学校へと変わっています。

夏になり霧が出ると、当時を思い出すことがあります。
「毎日のように霧が出ていたな」「いつも運動会が中止になっていたな」「カラオケ楽しかったな」そんなことを思い出しては、いつも懐かしい気持ちになっています。